長崎地方裁判所 昭和27年(ワ)387号 判決
原告 浅野今治
被告 山崎力
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し長崎市築町四十六番地(復興土地区劃整理番号南部平地区二十二番の四)宅地三十五坪二合五勺北側十五坪上に建設してある木造瓦葺平家建店舗一棟のうち別紙附図<省略>(ニ)(D)(G)(リ)(ニ)の各点を順次結ぶ部分を収去して該宅地を明渡さなければならない」「訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は従前請求の趣旨記載の土地(別紙附図(ハ)(ホ)(チ)(ヌ)(ハ)の各点を順次結ぶ線内の宅地)を所有していたが、今般復興土地区劃整理のため、別紙附図(ニ)(ヘ)(ト)(リ)(ニ)の各点を順次結ぶ線内の宅地をその換地予定地として指定を受けた。ところが被告は何ら正当の権限がないにかかわらず、該宅地の北側十五坪(別紙附図(ニ)(D)(G)(リ)(ニ)の各点を順次結ぶ線内)上に木造平家建店舗一棟を建造所有していて原告の使用収益を妨害している。よつてここに原告は被告に対し、右建物を収去してその敷地部分の明渡しを求めるため、本訴請求に及んだと陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、被告の本件係争宅地の使用が何らの権限に基かないという点は否認、原告がその主張の如く換地予定地の指定を受けたという点は不知、その余の事実はこれを認める。仮りに原告がその主張の如く換地予定地の指定を受けたとしても、本訴請求の理由のないことは次に述べるとおりである。
一、特別都市計画事業の執行は、土地区劃整理施行者に附与せられた公法上の権利である。それで整理施行者が特別都市計画事業の執行上、支障のある工作物を除却したり、或は移転命令を発し得ることは当然であるけれども、しかしこれは前記のとおりあくまで整理施行者の専権に委ねられているところであつて、私人間で建物の収去を求めたり、土地の明渡を訴求したりすることは許されないといわねばならない。つまり特別都市計画事業は整理施行者が行政力を以て画一的に統制整理を行う外はないのであつて、その間私権の介入する余地はないというのである。けだしこれは特別都市計画法の立法の精神に徴して疑がないばかりでなく、また該事業の施行に私権の介入を許すということになれば特別都市計画事業は、いよいよ錯綜して帰するところがなく、却つて該事業の実施に重大な支障を生ずる結果となるからである。
二、仮りに一、の主張が認められないとしても、被告は昭和二十年十月本件係争宅地を前所有者である西脇進から期限の定めなく賃借し、係争建物を建築し、これが保存登記を了している。それで右賃借権は建物保護法によつて保護せられ、その後に土地所有権を取得した者に対しても対抗し得る筋合であるから、従つて、その後に該宅地につき換地予定地の指定を受けた原告に対しても当然借地権を以て対抗することができると解さねばならない。
三、本件において原告は係争宅地につき換地予定地の指定を受けたから、該宅地について従前の土地と同じ使用収益の利益を享受することが認められている。しかしこの使用収益の利益は、従前の土地に対する権利の内容たる使用収益と同じものであるべき筋合であるから、従つて従前の土地に存している借地権等の負担は当然これをかついでいかねばならない。これを本件について考えてみるのに、本件係争宅地はその附近の宅地と共に最初は西脇進の所有であつて、被告がかねてその一部である係争宅地(別紙附図(C)(D)(G)(H)(C)を順次結ぶ線)を賃借し、二、において述べたとおり、これに建物を建築して保存登記をなしたのであるが、その後原告において別紙附図(ハ)(ホ)(チ)(ヌ)(ハ)を順次結ぶ線内の宅地を買受けその所有権を取得したものである。それで被告の借地権は建物保護法により新たな所有者となつた原告に対しても当然対抗し得る筋合であるから、従つて、原告が別紙附図(ニ)(ヘ)(ト)(リ)(ニ)の各点を順次結ぶ線内の宅地を換地予定地として指定を受けたとすれば被告の該借地権は換地予定地に随伴し、原告はかような借地権の負担をかついだ状態において使用収益の利益を享受し得るに過ぎないと解するのが相当である。
よつて本訴請求には応じ難いと述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が従前別紙附図(ハ)(ホ)(チ)(ヌ)(ハ)の各点を順次結ぶ線内の宅地を所有していたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の一乃至三と証人山田荒喜の証言によれば、原告がその主張の如く復興土地区劃整理のため、別紙附図(ニ)(ヘ)(ト)(リ)(ニ)の各点を順次結ぶ線内の宅地を、その換地予定地として指定を受けたことが明である。そして被告が右換地予定地のうち北側の別紙附図(ニ)(D)(G)(リ)(ニ)の各点を順次結ぶ線内の宅地上に木造平家建店舗一棟を建築所有し該宅地を占有していることは被告の認めるところであるから、順次被告の一乃至三の主張の適否について検討することとする。
一、特別都市計画法に基く土地区劃整理のため、換地予定地の指定がなされると、換地予定地については従前の土地に存する権利の内容たる使用収益と同じ使用収益をなすことができるけれども、従前の土地については、使用収益をすることができないことになる。そこでこの換地予定地の使用収益の性質如何が問題になるのであるが、これは結局特別都市計画法によつて認められた一種の公法上の権利とみるのが相当であろう。尤もこの点については、換地予定地指定の効果として従前の土地については、いわば形がい的権利の本体が残るだけで、これから流出する権能はすべて換地予定地の上に作用する。特別都市計画法第十四条は、この権利の本体と権能との分化を認めた特別の規定であるという議論がないではない。しかし大体権利の本体と、それから流出する権能の分化というようなことは理論上考えられないところであつて、物権の本質からみても極めて疑問だといわねばならない。それよりも矢張り前記の如く従前の土地については使用収益が停止され、換地予定については新に公法上の使用収益が認められるとみるのが合理的である。さてかように換地予定地の使用収益は公法上特別の権利として認められるものとすれば、それは土地区劃整理施行者と換地予定地の被指定者との公法上の関係であつて、直接には被指定者が当該換地予定地上に建物を所有しこれを占有している者に対し、当該建物の収去土地明渡を要求することを内容とするものでないことは明である。しかし大体権利はその属性として自らを防衛する力がなければならない。つまり権利の内容と権利自体の防衛ということは自ら別個の問題であつて、たとえば借地権は内容的には賃貸人に対する要求権ではあるが、しかし借地権の行使を妨害する者がある場合には、借地権自体の防衛のため、自らその妨害排除を要求する力がなければならない筈である。そうすると換地予定地の使用収益権が公法上の権利であることの故を以て、直に自ら権利行使の妨害を排除することができないという理由はない。被告は土地区劃整理の施行は、整理施行者にのみ認められた権能で、行政力を以て画一的に統制実施さるべきものであり、本件の如く私人の間で互に建物の収去土地明渡を請求することは許されないという。しかし、特別都市計画法の規定の全趣旨に徴するも、換地予定地の使用収益権の行使が妨害されている場合に、自からその妨害排除を要求することを禁止されているものとは解されない。
二、被告は、本件係争土地は被告が従前の土地所有者である西脇進から賃借し、これに建物を建築し、その保存登記をしているから、その後これにつき換地予定地の指定を受けた原告に対しても、建物保護法の規定により借地権を以て対抗できると主張している。しかしこれは誤解であつて、特別都市計画法第十四条の規定の趣旨は、甲土地につき乙土地が、乙土地につき丙土地がそれぞれ換地予定地として指定された場合には、従前乙土地について対抗力のある借地権があるとしても、それは新に丙土地の上にこれと同じ内容の使用収益ができることになる反面、乙土地については使用収益をすることができないということである。それで被告の前記主張は同条の解釈上是認し得ないことは明である。
三、次に被告の三の主張について考えてみるのに、成立に争のない乙第五、六号証、証人西脇進、山田荒喜の各証言、被告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、本件係争宅地はその附近の宅地と共に最初は西脇進の所有であつて、被告が昭和二十年十月その一部である別紙附図(C)(D)(G)(H)(C)を順次結ぶ線内の宅地を期限の定めなく賃借し、これに建物を建築し保存登記をしていたのであるが、その後原告において別紙附図(ハ)(ホ)(チ)(ヌ)(ハ)を順次結ぶ線内の宅地を買受けその所有権を取得したことが認められ、他にこれを左右すべき資料はないから、被告の借地権は建物保護法の規定により原告に対抗し得る筋合であつたというべきである。そこで問題は、その後前記の如く換地予定地が指定された場合に、被告の借地権は如何なる取扱を受けるかということであるが、この点については、借地権の登記があるか又は権利の届出がある場合でなければ、土地区劃整理施行者は権利の指定をする義務がなく、かような権利の指定がない以上は、換地予定地につき従前の借地権と同じ使用収益をなす権利がないという議論がある。しかし特別都市計画法第十四条は、換地予定地につき、従前の土地に存する権利と同じ内容の使用収益をすることができる旨規定しているのであつて、従前の土地に借地権が存すれば、土地所有者はこの借地権の負担をかついだ同じ状態において換地予定地の使用収益をなし得るに過ぎないものと解するのが合理的である。つまり同条の規定の趣旨は、従前の土地に借地権等の負担のない場合にはその状態において、もしかような負担をかついだものである場合には、従前の土地所有者は換地予定地につき、借地権者の使用収益を忍受する同じ状態において、その使用収益をすることができ、従つて借地権者は権利の指定がない場合でも矢張り、同じ状態において換地予定地の使用収益をすることができるものと解するのが相当である。けだしかように解さねば、将来換地処分がなされた場合に従前の土地と換地とが法律上同一と認められる結果、収拾し難い混乱を生ずる虞があるし、また現実に従前の土地については、借地権の負担をかついだ土地所有者が、換地予定地については、かような負担を伴わない状態において、使用収益ができるという不都合な結果となる。特別都市計画法施行令第四十五条の規定は、権利の指定があれば、それで権利関係が確定するが、しかし権利の指定がないとしても、それはただ借地権者が、土地区劃整理施行者に対する関係において、借地権の主張ができないという趣旨であつて、別段前記解釈の障害にはならないものと解すべきである。尤も前記の如き解釈をとるとしても、たとえば従前の土地の一部に借地権があり、従前の土地全部につき地積形状の異なる換地予定地が指定されたような場合には、権利の指定がない以上借地権者の換地予定地に対する使用収益の範囲は、明確にならないという問題が残る。しかしこの点は、法は、当事者の話合に委せているものとみるべきであつて、また本件の如くいわゆる現地換地であつて、借地権者の使用収益の範囲につき疑問のないような場合もあるのであるから、矢張り権利の指定のないことの故を以て直に未届権利の存在を否定する理由はないというべきである。
かように考えてくると、本件では原告の所有である別紙附図(ハ)(ホ)(チ)(ヌ)(ハ)を順次結ぶ線内の土地に対し、同じく(ニ)(ヘ)(ト)(リ)(ニ)を順次結ぶ線内の土地が換地予定地として指定になつたのであつて、被告の換地予定地に対する使用収益の範囲が少なくとも従前どおりのものであることは、疑の余地なしと認められるから、従つて原告はかような借地権の負担をかついだ同じ状態において換地予定地の使用収益をなすことができ、その反面、被告は、同じ状態において換地予定地の使用収益をなすことができるものと解するのを相当とする。
果してそうだとすれば、被告は、原告の主張する別紙附図(ニ)(D)(G)(リ)(ニ)を順次結ぶ線内の土地については、従前の借地権の内容と同じ使用収益することができると認められるから、被告に対し建物収去土地明渡を求める本訴請求は、この点において理由がないことに帰する。
よつて本訴請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 入江啓七郎)